百影堂のブログ

創作人形、あやつり人形、節供人形など…

「八百比丘尼」~杉田明十志人形集 第一集~ 13

13「八百比丘尼はっぴゃくびくに」(21cm 1992)

頭手足は石塑粘土、アクリル絵の具、胴は縫いぐるみ。

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  村の将棋仲間が縁先で将棋をしていると、見知らぬ老人がやって来た。老人も将棋がたいそう好きらしく、熱心にのぞき込んでいた。それ以来、老人は毎日来るようになった。
 ある日仲間の一人が、老人の家で将棋会をやろうと云いだした。老人は、実はわたしも皆さんをお招きしたいと思っていた、いついつの何時ごろ、ここでまっていてください、と答えた。
 約束の日、老人がやって来て、少々遠いが私のあとについてきてください、と云った。皆がついて行くと、老人はどんどん森の奥へ奥へと歩いて行った。森を抜けると瀧があった。老人は瀧の裏に入って行った。瀧の裏には、洞窟があった。
 洞窟をぬけると、そこにはこの世ならぬ花園が広がっていた。遠く、花園の向こうに、大きな御殿が見えた。老人は、ここが私の家です、と云ってみなを招じ入れた。
 御殿ではたいそうなもてなしを受けた。見たこともないような御馳走を腹いっぱい食べた。御馳走の最後に肉料理が出てきた。老人が、これは是非めしあがっていってもらいたい、これは人魚の肉で、めったにたべられないものだ、と云った。みなは人魚の肉と聞いて気味が悪くなったので、箸をつけなかった。しかし老人の手前たべぬのもわるいので、もうお腹がいっぱいでなにもはいらぬから、土産にもたせてもらえないか、と云った。そうしてみなは、人魚の肉を神に包んで持ち帰った。
 この仲間の中に村の長者がいた。人魚の肉を持ち帰ったはいいが、気味が悪くて食べる気がしない。あとですてるつもりで棚の上に置いておいた。
 長者にはひとりの娘があった。娘は、良い匂いのする包みに気が付いた。あけてみると、肉料理が入っている。あまりおいしそうなので一切れ食べてみた。その肉は、身もとろけるほどおいしかったので、娘はみな食べてしまった。
 娘は十六七であったが、それ以来体は衰えず、いつまでも娘の姿のままであった。娘は何度も嫁いだが、夫が老いはじめても娘の姿のままであった。そうして何人もの夫を看取るうちに、世の無常を感じ、尼になった。
 その後、尼は諸国を巡り、古い社寺の修築や、土木事業など、人々の為に働いた。
 数百年が経った。尼は故郷に戻り、庵をむすんで暮らしていたが、あるとき生きることにもつくづく飽き果て、山の洞に入り、食を断ち、数日で入滅した。このとき尼は、八百歳であった。
 入洞のおり、入り口に差して置いた椿の花は後に大木となり、花を咲かせた。白に赤斑あかまだらのある花は、白玉椿しらたまつばきと呼ばれている。
          (参考:武田静澄著『日本伝説集』社会思想社 現代教養文庫